『モンスターストライクで覚える日本の神々』

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全世界で4000万ダウンロードを記録したスマホゲームのモンスターストライク、略してモンスト。私も会社の同僚から誘われてインストールしたのが運の尽き、そこそこの時間を奪われております。そして、それは息子たちも例外なく。。。(苦笑)

私が子どもの頃にも、ファミコンをはじめとしたテレビゲームがありました。中学生になると、「信長の野望」や「三国志」といったシミュレーションゲームにはまっていきました。ただその頃、ゲームのパッケージには取扱説明書が付いていまして、巻末に登場人物紹介が載っていまして、それを読んで、吉川英治の『三国志』を読んだり、『戦国人名事典』を買ったりして、歴史に興味をもったものです。

モンストも多くのキャラクターが出てきます。もちろんその中には、歴史上の人物なども出てきます。ただ、男性が女性化したイラストになっていたりしまして、うちの息子などは、間違って覚えているんじゃなかろうかとちょっと心配になります。モンストにせっかく歴史上の人物等が出てきますから、そこから実際の歴史に興味を持ってくれたらいいのになと思っていたところ、上記の書籍を発見しました。「日本の神々」ということで、日本神話に出てくる神々もモンストのキャラとしているわけですが、それぞれがどういう神様なのかと分かりやすく解説している本です。イザナミとイザナギは夫婦、アマテラス、ツクヨミ、スサノオ、カグツチはその子どもたちとか、キャラクター同士の系譜なども載っていて、なかなか分かりやすいです。

息子たちはやはり表紙が気になって興味津々でしたが、これで『古事記』に関心を持つかどうか。いや持たないだろうな。(笑)
ただ、ゲームをきっかけにしてでもいいので、深掘りして欲しいなと思っています。

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『金文通釋 一』

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_20170202_0105051『金文通釋』です。白鶴美術館誌では第56輯まであるのですが、私が持っているのは第42輯まで。これを揃いで入手するのはなかなかお値段的に厳しいのですが、昨年、日本の古本屋で第1輯~第42輯の端本が、なんとか手の届く価格で出ていたので購入。『白川静著作集』にも収められていますが、こちらもお値段的に厳しいです。図書館にも大きめのところでないと置いてません。

さて、通勤の電車の中で読んでみました。難しいです。
やはり、使われている用語が難解です。第1輯は「大豊𣪘」を取り扱っているのですが、銘文の冒頭「乙亥、王又大豊」の解説にはいきなり、「乙亥の乙は泐損している。」(p.5)とあります。銘文の拓本を見ると「乙」の字が判別できないので、文字が摩耗しているとか、そういう意味だとは想像はできるのですが、とにかく読めない。辞書を引くと「泐」は「ろく」という音のようで、「泐損」は「ろくそん」と読むのだと思われます。大漢和にも「泐損」という熟語はありません。「泐」は石が筋目に沿って裂けるという意味だそうです。「大豊𣪘」は石ではなく青銅器ですが、青銅器にひびが入って、文字が損なわれているということでしょう。こんな調子です。

ただ、しばらく読み進めると、パターンが見えてきます。
銘文を適宜断句した上で、その箇所について先達の説を順に紹介していきます。その中で採るもの、採らないものを仕分けて行って、最後に白川博士の解釈が述べられています。「大豊𣪘」だけでなく、「麦尊」という他の青銅器の銘文と比較したり、知識の前提として殷から周にかけての歴史も知っておかなければいけません。

なかなか難解ではありますし、一度読んで理解できるものではありませんが、しばらく読み進めてみようと思います。

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『ひとはなぜ戦争をするのか』

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Facebookで講談社をいいね!したからだと思いますが、時折、タイムラインに案内が現れます。今回は『ひとはなぜ戦争をするのか』で、思わず購入。

というのも、こちらのエントリーで「平和学より戦争学」について紹介したことがあり、ちょっと気になったのでした。
裏表紙には紹介文が下記のようにあります。

一九三二年、国際連盟がアインシュタインに依頼した。「今の文明においてもっとも大事だと思われる事柄を、いちばん意見を交換したい相手と書簡を交わしてください」。選んだ相手はフロイト、テーマは「戦争」だった―。宇宙と心、二つの闇に理を見出した二人が、人間の本性について真摯に語り合う。ひとは戦争をなくせるのか?

1932年と言えば、第一次世界大戦と第二次世界大戦の間です。国際連盟も第一次世界大戦の元に設立されたものです。この頃の「戦争」についての考え方がどのようなものであったのか、知りたいと思いました。人の心は「まるで小宇宙」なんて言いますが、実際に物理学者と心理学者が書簡を交わしているというのは、とても興味深いです。

100ページ程度で、字も大きいものです。是非どうぞ。

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『宋詞四考』

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dsc_0526重慶南路の書店街を離れまして、MRTという地下鉄に乗って台湾大学の辺りに移動しました。
日本と同様、大学周辺には古書店があります。

ちょっとバタバタしてまして、落ち着いては見られなかったのですが、行けたのは次の三店。

茉莉二手書店台大店
胡思二手書店公館店
古今書廊二手書店

どれもお店の写真を撮るのを忘れた。。。「二手」というのが中古という意味ですかね。

古今書廊二手書店は、日本の古書店と雰囲気がよく似た古書店です。お店が分かれていまして、同じ通りに2店舗あります。最初入ったお店は、法律やら行政やらの本ばかりで、そちらの専門店かなと思ったのですが、通りの少し先にもう1店舗あり、そちらに中国古典関係の本が置いてありました。

胡思二手書店は、入り口が狭くて分かりにくいのですが、入り口を奥に進むと階段があり2Fが店舗です。奥には喫茶スペースもあり、また本も綺麗に本棚に収納されていて、一見古書店のようには見えません。お洒落な感じです。

茉莉二手書店は結構大きな古書店でした。こちらも一見古書店のようには見えません。綺麗に本棚に収まっていました。ここでは上の写真の『宋詞四考』を購入。奥に靴を脱いで上がるスペースがあったんですが、あそこは何だったんだろう?

持ってるから買わなかったんですが、『左氏会䇳』をよく見ました。日本ではなかなかないんですけどね。買っとけば良かったかなぁ。(笑)

あと、実はMRTで一駅先の駅付近にある古書店も寄りました。

大路書屋

以前、通販で利用したことがあって、会員カードも発行してもらったので、今回の旅行で忘れずに持って行き、意気揚々と向かったのですが、

dsc_0447休みでした。思いっきりお店の前に車が停めてある。無念。。。

また、古書店巡りしに台湾行きたいな。

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『六朝文絜箋注』

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dsc_0525先日、台湾に行ってきました。
社員旅行で、家族同伴、初めての台湾だったのですが、一日自由行動の日がありまして、半日だけ時間をもらい、書店巡りをしてきました。

まずは、重慶南路という通りが書店街になっておりまして、三民書局と世界書局に寄りました。

三民書局は普通の書店ですね。たしか3Fが中国古典(台湾では「国学」といいますが)の書籍を扱っておりました。

次の世界書局は、テンションがあがりました。
dsc_0440いかにもって感じのたたずまいです。ちょうど開店の時間で、シャッターが上がって一番乗りでした。奥に、『欽定摛藻堂四庫全書薈要』が鎮座していました。下の段がそれです。

dsc_0439世界書局の本は、日本の古書店でもまま見かけます。精装本で表紙の硬いハードカバーです。これが、古書でなく新刊書として売ってました。当たり前なんですけど、日本では綺麗な状態のものを見たことがなかったので新鮮でした。さらにびっくりしたのが、その平装本(ソフトカバー)の存在です。一番上の写真がそれですが、これは初めて見ました。なので、一冊記念に購入してきました。ただ、この『六朝文絜箋注』、ハードカバーで見たことがあります。古書店で見たのか、自宅で見たのか。。。自宅で見てたとしたら、ダブりになっちゃう。

まぁ、記念だからいいか(笑)

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「『三国志演義』の「幸福」」(『東方』 431号)

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_20170105_23555312回目の登場です。『東方』431号。
龍谷大学の竹内先生による「『三国志演義』の「幸福」」。井口千雪氏の『三国志演義成立史の研究』の書評です。

それにしても、「『三国志演義』の「幸福」」というタイトルはおや?という感じがします。現代日本における三国志の受容は、吉川英治の『三国志』に負うところが大きいですが、吉川『三国志』の底本は『通俗三国志』であって、『三国志演義』そのものではない。かつ、吉川『三国志』によって、「三国志」の世界に興味を持った人は、正史『三国志』に向かい、『三国志演義』そのものには向かわなかった。これを「『三国志演義』の「不幸」」と言っています。なるほど、確かに。

『三国志演義』の研究自体はおこなわれてきたようですが、竹内先生によれば、「大袈裟に言えば、井口千雪による本書は、二一世紀初の、日本における『三国志演義』研究所、ということになる。(p.34)」とのことです。この著書は『三国志演義』の異なる版本を比較研究して、「原演義」の姿を捉えようとしているようですが、その作業がすごいそうです。55万字を遙かに超える字数を一字一字比較していく作業をおこなっているそうです。気が遠くなる。。。まさに「校勘学」ですね。

そして、さらに「原演義」のさらに元になる「羅貫中原本」をも想定しているそうです。すごすぎです。そういう研究者に出会えた『三国志演義』は「幸福」だねということでした。なんというか、「三国志・愛」にあふれた書評でした。

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『言語学を学ぶ人のために』

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_20170109_1130361西田龍雄 編『言語学を学ぶ人のために』を入手。 西田龍雄氏は、西夏文字の解読で成果を上げられた方とのことです。

西夏文字と言えば、私が小学生の時に敦煌に関する特別展示がある博物館であって、真四角な漢字っぽいけど、やたらと複雑でどれも同じに見えた記憶があります。

漢字は「形・音・義」を備えていると言われており、その字源を考える時、「形」を重視するのか、「音」を重視するのか、これが白川博士・藤堂博士の論争の構図と捉えられています。文字よりも先に言語があったはずですから、「音」を重視すべきというのも分かりますが、当時どういう発音だったか残ってないですから難しいですよね。だから残っている「形」から考える。そして「音」「義」もなぜ今に至るまで変遷していくのか、そこには何かしらの理由があるはずで、それを整合性を持って説明できるようにするという手順が必要だと思います。

というわけで、言語に対するアプローチも必要と思い購入して、パラパラめくりましたが、これは難易度高そう(笑)。

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無印良品「最精選」

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ヤフオクで入手。実は、大学の卒業旅行で初めて中国に行った時に購入したCDがこの「無印良品」というデュオのアルバムだったのです。そのベストコレクションです。
あの頃、中国でもCDはそこそこいい値段だったはずです。その当時の中国の方はちょっと手が出なかったかも知れません。今でこそ、「華流」とか言って中国のドラマや映画なども見られるようになりましたが、その当時は全く知らなくて、店員さんのおすすめのままに購入した記憶があります。そして帰国して聴いたら、その透き通る美しい声に聴き入ったのでした。

その後、このお二人の内、写真の左側の方、光良さんが、上海ドラマの主題歌を歌っているということを知り、それがアルバムに収録されていると知って、いくつか購入したりしています。
今もPCに取り込んで、初めて聴く歌、懐かしい歌共々に聴き入っています。

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「休」の字源について

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今日は、本に関することではなく、漢字のお話です。

以前、こちらのエントリーで「休」という字のことを書きました。その時からずっと気になっていたのですが、「休」の甲骨文での用例は地名を表し、金文では「賜物」という意味で使われ、後の『詩経』などで「休む」の意味が現れ、後の『説文解字』では当時の字形が人が木に寄り添っている形から「休む」という意味になっているという流れになっています。地名⇒賜物⇒休むという意味の変遷がどうも不自然なのです。

そこで調べてみました。すごく便利なサイトがあります。「国学大師」というサイトで、複数の辞書、辞典、事典を串刺し検索できるというものです。ここで「休」を検索すると、甲骨文、金文がずらっと出てくるのです。

2017-01-08_00h09_46これをずっと眺めていたんですが、金文は確かに白川博士の説の通り、人偏に「木」というよりも、人偏に「禾」のように見えます。「木」の縦棒の上部が少し左へ曲がっているものが多いのです。それに比べ、甲骨文はまっすぐですね。あと、金文は人偏の頭から背中に沿うように「禾」の部分が配置されています。物によっては「人」が「禾」を背負っているようにも見えます。

一方、甲骨文ですが、「木」の縦棒はほとんどまっすぐです。あとその縦棒から左右に伸びる枝に相当する部分の出方も、金文とは異なり、左右でズレているものがあります。そして、「人」と「木」の位置関係ですが、やや「人」の方が「木」よりも上側にあるように見えます。物によっては、人が木に吊られているようにも見えます。

甲骨文も金文も今の字体で「休」とされていますが、上記の様に見ると別の字と考えた方が良いのかも知れないと思ったりしています。別の字ならば意味が違うこともあり得る話だなと。

もちろん、上記は思いつきです。ここから一つ一つの用例を確認したり、共通部分を持つ他の甲骨文、金文等とも比較して、整合性が保たれるようにしなければいけないと思いますし、今はそこまでできないですが、何となく十把一絡げに「休」と扱っていいものだろうかと疑問に思うようになりました。

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「琵琶はピーパー? 京劇がジンジュ?」(『東方』431号)

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昨年末に届いていました。
今回の号には、明木先生の「琵琶はピーパー? 京劇がジンジュ? -音楽教科書における中国音楽用語の奇妙なカタカナ表記について」と題された文章が掲載されていました。
明木先生と言えば、『中国地名カタカナ表記の研究』という書籍を出版されています。まだ読んだことはないのですが。。。

今回の文章はタイトルが面白いです。「琵琶はピーパー?」で吹き出しそうになりました(笑)。今回は音楽の教科書で使われている中国語由来の言葉のカタカナ表記にスポットライトを当てられています。教科書の世界でも、基準となる外来語のカタカナ表記がまとめられているらしいのですが、音楽の教科書はそれにも則っていないそうです。とても軽妙でコミカルな文章ですので、とても楽しく読めます。

そういえば、最近ネットの報道でも、中国語の発音に近いカタカナ表記が出ている気がします。気のせいかな? あ、そういえば先日結婚会見をした卓球の福原愛さんのご主人、台湾人の江宏傑さんですが、テレビでは「ジャン・ホンジェ」さんと紹介されてましたね。嫁さんから「「江」が何で「ジャン」なの?」って聞かれたのを思い出しました。最近は本来の発音に近い表記で紹介したりするんですかね?

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